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[3208] 家族の最後に接した際の対応について
日時: 2020/12/15 11:43
名前: 丸の亀 ID:c7s3cBCs

先日、実際にあった話で、その対応に違和感を感じ、自分の考えが正しいのかどうか不安なため投稿しました。

当方、老健に勤務しています。階は違いますが夫婦で入所していた方がいましたが、夫は2ヶ月ほど前に体調を崩し入院しました。
先日、病院より「夫の具合が悪化した。もう最後になるかも知れないので、奥さんが面会するなら病院まで連れてきてほしい」との連絡が入りました。

対応していた職員は、本人の意思を確認することはなく、「会って状況が分かるか分からないかどっちか分からない」また、「後で不穏になったら困る」との理由で会わせませんでした。話では、その数日後に亡くなったそうです。

共に施設入所となってしまい、違う階にいたとしても長年付き添って生きてきた、生活してきたのに、会って分かるか分からないかや不穏になるからとの理由で、そのことすら知らされないのはどうなのかと感じました。

面会後に不穏になる恐れがあるとしても、自分たちでフォローするため、会って来てほしいと言うと思うのか、介護ではないでしょうか。
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死と向き合う時間を持つ権利を阻害することは人権侵害であり、損害賠償責任を問われかねないことです ( No.1 )
日時: 2020/12/15 12:24
名前: masa◆PQB2uTgXDQ ID:Jvl7kHkA メールを送信する

丸の亀さんの疑問はもっともです。そもそも老健の職員という民でしかない者が、老健の利用者であっても、身内でも何でもない人の、他医療機関へ入院している家族に対する面会ができる・できないという判断を勝手にすることは権利侵害です。今わの際の面会であればなおさらです。

老健の職員の職責や権限を越えた行為で、民事の損害賠償責任を問われる行為です。

終末期の家族に面会することや、身内の死を知ることは、利用者の権利そのものであるだけではなく、そのことには重大な意味があります。下記参照ください」。

参照:「死」を告げる意味と責任
https://masahero3.livedoor.blog/archives/50224822.html

死と向き合う時間を持つ意味
https://masahero3.livedoor.blog/archives/52061412.html
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