治療薬も認知症そのものも、一面的な判断に収まるものでは無いでしょう ( No.3 ) |
- 日時: 2026/06/01 14:14
- 名前: 無謀チャレンジャー ID:96dI/Y1k
- 認知症に対する症状も受け止め方も様々ですから、治療薬に対する受け止め方も同じだと思います。要否を判断するのはあくまでも当事者であり、我々がその是非の判断はできませんよね。
また、私はお二方の意見とは異なり、
>>お坊さんが 「認知症は、苦しみを和らげるために神様がくださる宝物なのです」 言っていた
の部分に強い違和感を覚えました。違う切り口の考え方としてお受け止めください。 苦しみとは老いに対する事実や自覚を指していると読めますが、果たしてそれを他者が「苦しみ」と断じて良いものなのでしょうか。そもそも自立支援を旨とする我々は、老い=苦しみの図式にきちんと抗う存在でなければいけないのではないかと思うのです。 また、認知症を宝物と表現していることも、殊更に美化しているようで、おさまりが悪く感じます。認知症の当事者やその家族の症状の受容段階によっては、認知症という事実の受容を強要されているようにも受け止められかねないとも思います。 いかにも法話らしい表現なので、法話に耳を傾けられるぐらい心に余裕がある人には響くでしょうけれど、我々が専門職として引用するには少々無神経な表現に思えます。
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